WING SCHOOLを支える考え方

WING SCHOOL要覧でも記述しています、考え方についてご紹介いたします。

食との関わり(田上 善浩)

(1)子ども時代

 WING SCHOOLは「食と健康」のことも大切な教育内容なので皆さんの意識も高めていきたいですね〜。

 私より、ちっひーや他のWING SCHOOLメンバーの方が詳しいと思いますので、今後さらに、アップしていきます。 皆さんも遠慮なく 発信してくださいね〜(^^)。

 うちの両親は 畑仕事が大好き。家の裏には200坪ほどの畑があり、いつもたくさんの野菜を育ててくれていました。桃・びわ・あんず・みかん・イチヂクなど、果樹園みたいに果物も多くなっていて、完熟で食べるのが当たり前だと思っていました。

 いつも母の手の込んだ料理に手作りお弁当。それが当たり前だと思っていました。

 お味噌も手作り。豆腐や、魚の干物、漬物など、とにかくあれこれ手作りでした。

 しかし、

 そんな食生活をしていた母は私が小さい時からすでに前歯がありませんでした。3人息子を一人産むたびに歯が一本ずつ溶けていったと言います。当時は感謝していましたが、結局 カルシウムが足りていなかったのです。私も骨細く生まれたらしいです。

 なぜでしょう?

 私の予想では、我が家でふんだんに使われていた白砂糖、ハイミー、そんなものが大切なビタミンを奪っていたのでは、、、と今は思っています。野菜は良かったのに、味噌も良かったのに、化学調味料で母の歯を象徴とするビタミン・カルシウムが奪われていました。

(2)妻との出会い

 私の食が劇的に変化したのは、妻、としこと出会ってからです。

 当時、教職3年目だった私はアパート暮らし、テニス部の朝練に、コンビニおにぎり2個。自分はちゃんと食べている、と思っていました、、、。

 としこと出会って、としこの実家で朝ごはんをいただくようになりました。

 なに、この味噌汁の具の多さ! は!? 朝から こんなに食べるの?

 もう、ご飯とスープ状の味噌汁だけでいいよ、と思い「こんなに食べると気分が悪くなるんだけど、、、」など 文句まで言っていました。(ごめんねー!) 体重はどんどん増えて、食べ過ぎだ!と思っていました。

 でも、出会った当時の体重が56kg。その前の年は52.5kg、痩せすぎです。それが わずか数ヶ月で 63kgになりました。身長が174cmですから、そっちの方がベスト体重です。料理は実家で食べていたのと違って煮物も甘さが足りないしなんだか美味しくない。お肉料理はほとんどなく魚中心・野菜中心。

 は〜、、、

 みたいな感じでした。

 しかも、体がだる〜くなり、とても眠いし一体 身体はどうなっちゃったの? って感じです。そうやって、私が溜め込んでいた毒素がより良い食生活になることで好転化作用が起きどんどん体が入れ替わっていたのですね〜。そのことに気づくまで何年も時間がかかりました。

(3)好転化作用との闘い

 私の食に対する意識が劇的に変わっていったのは、やはり、としこの健康状態を真剣に考え始めてからでした。

 「胃が通常の半分しか動いていません」
 「栄養の吸収が悪いです」
 「よく今まで生きてこれましたね」

 どうやったら健康になっていくか、、、必死でした。

 まず中国整体。

 整形外科に入院して痛み止めの薬を飲み、それが効かなくなるとブロックという激しい痛み止め注射になり、やがて言語障害が起きるほどの劇薬を処方されていたそうです。

 「寝たきりになるよ!」と医者に脅されながら自主退院したとしこ。

 その体全体のズレを直してくださったのは中国整体の先生でした。その先生から

 「栄養補強をした方がいいけど、、、」と勧められ初めて、五大栄養素や、植物性たんぱく質と動物性タンパク質のバランスの話、必須アミノ酸のことや血圧の真実、ビタミン・ミネラルの働きや、あれこれ健康に関わる栄養素の話を詳しく聞きました。

 「これは食だ!」

 とまず私は理屈で思い、その後はとしこの体の変化で、そのことを実感しました。(私はそこそこ健康?だったので、自分の体ではよくわかっていなかったのです)

 まず 激しい好転化作用。普通の人ならもっと緩やかかもしれませんが見た目に可哀想になるくらい肌がただれたようにひどくなってきました。かゆいし 痛いし 見た目もひどいし、、、でも体内の毒素を今、 一挙に押し出してくれているんだ、これをステロイドなどの薬で抑えると今までの努力が無駄になってしまう、、、とがんばっていました。

 ちょうど自然栽培を目指す畑に虫がいっぱいやってきたからといって、農薬を撒いてしまうと今までの努力が無駄になるのと同じです。(虫も 不自然なものを 分解するために 集まっています)

 そしてその醜い出来物みたいなのが消える日が来ました。本当に不思議なくらい跡形もなく綺麗な肌になりました。信じてはいましたが本当にうれしかったです(^^)。

 (4)味覚の変化

 としこの健康を目指し、整体・食生活(食材や調味料等)・洗剤・シャンプー・歯磨き粉など、様々なものを二人で改善していきました。結果、私の食生活も随分以前と変わりました。

 そうやって何年か過ぎていくと私の味覚も変わって来ました。

 吐き気がする、、、などと言っていた朝ごはんが美味しく食べられるようになり、美味しくないと思っていた料理が後味の良いとても美味しいものに感じられ、野菜料理がなんとも言えず美味しく心地よく感じました。焼肉店の野菜が死んだように見え、そこのお肉を食べると吐き気がするようになり、良い状態で育てられたピュアリィ販売のお肉など以外はあまり好んで食べたくなくなりました。

 ストレス・薬だらけの鶏肉、どんな加工をしてあるか怪しい牛肉など、食べるのが嫌になって来ました。その頃には自分は最初からそうだったかのような錯覚が起きていて、としこに文句言いながらいやいや食べていてmすごく迷惑をかけていた頃の言動はまるで 好転化作用の出来物のように自分の中から 綺麗になくなっていました。

 ひょっとしてあの精神状態は心の好転化作用?、、、だったとしてもとしこにとっては本当に大変で苦しい時期だったと思います。私たち夫婦が離婚もせず、仲の良い夫婦でありこうやってスクールプロジェクトを一緒にやっていられるのは、間違いなくとしこの長年の忍耐と努力のおかげだったと思います。夫婦の愛情って、植物みたいにきちんと育てていかないと育まれないもので、自然と年月とともに培われるものではないよとどなたからか聞いたことがあります。

 本当にそうだなぁ、、、と感じます。

WING SCHOOLで実践する道徳について

 全国で行われている道徳の授業ですが、そもそも「道徳」とは何を目指す授業でしょうか?

 「道」とは、人はかく生きるべしという生き方の指針、道を示したものです。

 柔術と「柔道」は違います。前者は技術、後者は生き方にまで関わります。「礼に始まり礼に終わる」などが一例です。

 「剣道」でも、試合が終わっても勝者はガッツポーズをしません。敗者への礼儀なども意識します。

 同様に、華道・茶道など、日本はずっと「道」、人はいかに生きるべきかを考えてきました。

 WING SCHOOLでは、心に響く教材を選択しながら、「人はいかに生きるべきか」を感動を持って感じることができるようにしたいと願っています。それらは、子ども達の大切な生き方の指針となってくるでしょう。

 「徳」はどうでしょう。

 「あの人は徳のある人だ」という場合、その人は間違えなく素晴らしい生き方を「実践」している人です。つまり、「徳」とは「道」を知った上でそれを身につけ実践できている状態です。

 つまり「道徳」とは、「道」を知り、「徳」を身につけるための学習です。

 人はいかに生きるべきかをきちんとした指針としてもち、それを知っているだけではなくて実践できる自分になること。そのために、「道徳」という学習があります。席替えのくじ引きをしたり、適当に行事で費やされるべき時間ではありません。

 WING SCHOOLでは、スタッフ研修で認識し、全国トップレベルの道徳の授業(山口の河田先生をはじめ全国各地に散在しておられる超一流の教師たちの授業)に学びつつ、子ども達の心に響く道徳の授業を提供していきます。

 「いじめの正体」という授業をした時のことです。小学校の時、毎年学級崩壊の中心だったというやんちゃくんが、「先生、この黒板の絵の前で写真を撮ってください」と言いに来ました。彼は、それまでと違う優しい瞳で写真に写りました。何かが彼の心に響いたことがわかりました。たった1回の道徳の授業で、生き方のパターンが何かしら変わることがあります。そんな授業を、追い求めていきます。

 「子ども達が幸せな未来を築く力をつける」ための教育空間を広めていくのがWING SCHOOLの使命です。

2017年2月16日WING SCHOOL FB掲載記事 by 田上善浩


アメリカの哲学者ジョン・デューイと「道徳」

 アクティブラーニングの基となる理論を打ち立て、今日あるプロジェクト型学習の開祖ともいえるアメリカの哲学者ジョン・デューイ。その本の中で道徳についての記述がありました。

 それがなんと田上先生のおっしゃる道徳と全くと言っていいほど同じでした!

 デューイによると道徳は二つに分けられます。

 一つ目は「道徳的観念」。

 これは、実際に「よい」行動をさせるような観念すべてを指します。例えば、ゴミ拾いの話を聞いて実際にゴミ拾いしちゃうような観念は「道徳的観念」と言えます。

 知っているだけではなくて行動できるような観念。
 まさに田上先生がおっしゃっていた道徳本来の意味です。

 実際の行動と結びついているので、同じように「悪い」行動をさせる「不道徳観念」、よくも悪くもない行動をさせる「無道徳観念」も存在します。
これが一つ目です。

 二つ目は「道徳についての観念」

 「正直とはどういうことか」、「悪徳とは何か」、というような純粋な知識を指します。前述の例で「ゴミ拾いはいいこと」だと知っている状態です。

 実際の行為には結びつきません。
 知っているのと実際にするのは別物なのです。

 以上のように道徳には実際に行動する「道徳的観念」と、純粋な知識としての「道徳についての観念」の二つがあります。

 さて、学校で教えられているのはどちらでしょうか?

 デューイは圧倒的に後者だと述べます。

 学校では道徳を教えていない、なんていうと先生たちは「そんなことない!私たちは毎日道徳を教えているぐらいだ!」と怒るでしょう。

 教師のいうことは原理的には正しいのです。しかし、その圧倒的多くは実際の行為に結びつかない、純粋な知識としての「道徳についての観念」を教えているに過ぎないのです。教わったことを実際にするにはもう一歩、詰めなければならないのです。学校で起きているのは「学ぶこと」と「なすこと」の分離です。この分離を正していくことが道徳教育の急務だということです。

 (「学ぶこと」と「なすこと」の統合こそがデューイの一貫した主張で、デューイスクールの真髄とも言えるでしょう。)

 以上、本を読んでいてい田上先生の主張の補強に使えることかなと思い、参考までに発信しました。

 現代イギリスのある哲学者は、道徳的観念(moral ideas)と道徳についての観念(ideas about morality)との相違について注意を促した。それによれば、「道徳的観念」とは、行為に働きかけてこれを改善し、そうでない場合よりも、より善い行為をするような類いのすべての観念のことである。(中略)「道徳についての観念」とは、道徳的に無関係なものでお、不道徳なものでも、あるいはまた道徳的なものでもあり得るものなのである。道徳的観念と道徳行為についての観念をこのように区別すること、言い換えれば、性格の一部となり、したがって行動の生き生きとした動機の一部となっているようなすべての種類の観念と、ちょうどあのエジプト考古学の知識ででもあるかのように、不活発で役立たないままでいるかもしれないような種類の観念とをこのように区別することは、道徳の論議にとって基本的に必要なものである。

 彼ら(学校外部の教育の批判者)は、学校は性格陶冶のために何もしていないとか、ほとんど何もしていないとか主張する。(中略)これに対して教師たちは、自分たちは「道徳を教えている」と主張するだけでなく、一週五日間にも渡り、毎日寸刻もゆるがせにせず道徳を教えていると主張する。(中略)もし彼らに間違いがあるとすれば、(中略)学習した知的成果が行動を動かす力となるほど性格と生き生きと結合するようなものとなっていないからである。

RIGHT:ジョン・デューイ(1897)「実験学校の根底にある一般的な教育理論」より引用 by 森屋 駿


推薦図書

こども(ご家族)向け

  • ポプラ社:「こどもわえい辞典」(ISBN:978-4-591-07748-1)

教師向け

  •  明治図書出版:「中学の学級経営 黄金のスタートを切る110のコツ」(ISBN:978-4181486129)
  •  明治図書出版:「ビギナー教師心得帳 先輩が語る学級経営のコツ」(ISBN: 978-4181452179)

どなたでもどうぞ

  •  ブロンズ新社:「きのくに子どもの村」(ISBN: 978-4893090874)

a:1558 t:3 y:4